嶋恭作の裏45年史

この話はフィクションであり登場人物とエピソードは全て架空のものです

第3話:女性社員とヤンチャ上司

太田裕美


入社して事務所に配属されて女性社員に関してビックリした事がいくつかある。

それは同年代以上に綺麗な人が意外と多い事、全般的に化粧が厚い事(多分田舎だから?その為当時事務所内で当たり前だった喫煙の匂いと化粧の匂いが混ざった何とも言えない事務所臭がした),全員地元の高卒でかなりの確率で社内結婚して寿退社していく事(女性社員割合が少なく女性と知り合う機会が少ない山王工場の男性の中にいた女性社員は入れ食い状態だ)などだ。

また、当時お茶入れが存在していたり、直属の上司の太門さん(入社した時は課長ですぐ部長になり最終的に副事業部長まで行った数少ない恭作が尊敬する橋本智恵院の先輩)がやたらと女性社員の尻を触る事とそれに対して女性社員も’また太門さんたらー’と言うだけで済んでいた事もまるで寅さんの時代の映画を見ているようだった。太門さんのヤンチャぶりはセクハラだけじゃ無く、仕事が出来て会社の上層部にも遠慮なく物申す人で、それらが無ければ社長になっていてもおかしくない人物だった。後に社長になった福長さんと同期で恭作の15歳年上、恭作はセクハラ以外は憧れて同じ様な事をしてきた割には時代が変わって太門さんより出世できたと思っている。

入寮して山王にべったりで時間があった恭作は2〜3歳年上の超美人の女性社員に華道部に入ってくれと懇願され1~2年在籍した。部員が少なくなって部として存続させるため暇そうな寮生に声をかけていたのだ。恭作以外にあと2人は寮から入部したはずだ。その超美人とは一回だけご飯デートに行ったが付き合うまでには発展しなかった。その他にも木綿のハンカチーフで有名な太田裕美そっくりな同学年の人とか、その年代までは橋本智恵院は山王市の美人を集めていたんじゃないかと思うほどだ。

でも女性社員の仕事はお茶汲み、コピー、青焼き(図面のコピー),書類の清書、製造に対する注文書類の作成など今ではほとんど存在しない定型業務だけで高卒女性社員の採用はその頃をピークに減っていき、1996年度頃の採用が最後だった。ちなみにワープロ専用機が導入されたのは恭作が入社してから2〜3年後の事で悪筆で有名な恭作が導入担当になったのだが、今でもローマ字入力が苦手なのはその時にインストラクターからひらがな入力を教えられたからだ。